PROJECT未知のクリエイティブに噛みつく。People Thinking LabPROJECT未知のクリエイティブに噛みつく。People Thinking Lab

オーストリア・リンツ市で開催される世界最大級のメディアアートの祭典 「アルスエレクトロニカ」は今、産業界はじめ多方面から注目を集めている。People Thinking Labはアルスエレクトロニカと博報堂の共同で発足した未来社会を創造する力を触発するオープンで実験的なラボ。博報堂のフィロソフィーであるPeople Thinking(生活者発想)を元としたツールやワークショップの開発を行なっている。

左: アートディレクター 河野(2015年入社)
右: テクニカルディレクター 河津(2012年入社)

PROLOGUE

2019年、過去最高となる11万人を動員し、未来社会の兆しを探求する場として大きな注目を集めたアルスエレクトロニカ・フェスティバル(以下、アルス・フェス)。ここでアイスタは世界に向けて「生活者発想」の哲学を可視化するプロトワーク(デモンストレーションとして制作した作品)を発表した。
制作を担当したPeople Thinking Labプロジェクトメンバーは、現地の空気を肌で感じ「グローバルレベルで何が語られているのかを知った」と言う。彼らはアルス・フェスからどのようなファインディングスを持ち帰ったのだろう。これからのクリエイティブに求められる力、そして未来のアイスタのあるべき姿について語ってもらった—。

左: アートディレクター 河野(2015年入社)
右: テクニカルディレクター 河津(2012年入社)

問いのなかに、なにを見る?問いのなかに、なにを見る?

河津 :  アルス・フェスは世界中から企業やアーティストたちが集う場で、彼らの創作欲から作り出された尖ったアート作品にあふれていました。それらは社会課題や人間の抱く感情、人と人以外の存在との関わり方などをテーマに掲げていて、見る人に対して問いを投げかけるものばかりでした。普段生活しているなかでは疑問にも思わないような課題が目の前でアートとして現れるので、それに対してひたすら考えさせられたり、技術の使い方が発想の斜め上をいっていたりして、個人的にかなり価値観を揺さぶられました。

河野 :  アルス・フェスは気付きに満ちた空間でした。これまでは僕のなかで「こういうスキルセットを持っているからあれをやろう」という考え方が当たり前になっていたのですが、アルス・フェスに集うアーティストたちの場合はそれが逆で。「これを実現するためにはどんなスキルが必要だろう」という、目的先行で挑戦的なアウトプットを生み出している姿を目の当たりにしました。思考とアクションのプロセスが違うことで表現の強さが変わる、というのは自分にとって大きな発見でしたね。

河津 :  アルス・フェスは「アート」「テクノロジー」「ソサエティ」をコンセプトとして掲げているのですが、展示作品のなかには社会に対して問いを投げかけているものが多い印象を受けました。普段私たちの仕事ではクライアントの持つ課題をどう解決するかを考えますが、その課題を深掘っていくと生活者が持つ課題になりますし、それは生活する場所=社会に紐づく物にもなります。この「ソサエティ」というキーワードは、個人的には仕事に向き合う上で重要なテーマであると感じました。

アルス・フェスの会場の様子

アルス・フェスの会場の様子

アルス・フェスの会場の様子

想像の解像度をあげろ。想像の解像度をあげろ。

河野 :  アルス・フェスに向けてPeople Thinking Labでは5つの作品を制作しました。その一つがNEXT SIGNAGE(ネクストサイネージ)です。
例えばこれ(写真01)、何のマークだと思いますか? これは僕が考えた「人工魚肉」のマークです。ある報告では水質汚染と乱獲によって2048年に魚が絶滅すると予測されています。そんな未来が近づいたとき僕たちの身近な場所にどんな変化が訪れるか想像したとき、人工的に魚肉がつくられるようになってそれが当たり前のようにスーパーに本物の魚肉と一緒に並んでいる光景が思い浮かびました。そうなると、作られた魚肉であることがわかる表示が必要になるだろう、と考えてカタチにしたのがこのマークというわけです。

(写真01)「人工魚肉」のマーク

河野 :  このように大手企業の発表や著名な大学教授のコメントなどの信憑性の高そうな未来の出来事を収集し、それに特定の場所をかけあわせて、そこでどんなマークが必要になるかを想像してグラフィック化したのがNEXT SIGNAGEという作品です。

ネクストサイネージの展示風景

河野 :  さらに、展示だけにとどまらずワークショップとしてアルス・フェスを訪れた人たちにも実際に“ネクストサイネージ”づくりを体験してもらうという試みにも挑戦しました。

河津 :  僕も事前にワークショップを体験してみたのですが、未来へのエッセンスから起こりうる事象を左脳的に考えて、その想像したことを右脳的にビジュアルに落とし込む作業は、普段やらないような頭の使い方で楽しいものでした。きっと参加した人たちにとってもかなり新鮮な体験になったんじゃないかと思います。

河野 :  このワークショップの目的はきれいなマークをつくることではありません。参加した人たちに未来を解像度高く想像してもらうことを一番の狙いとして考えていました。
単純に未来を思い浮かべるだけだと「便利そう」「楽しそう」で終わってしまうところを、アイコンをつくるという体験フレームによって多角的に風景を見渡すことができるようになるんです。危険が潜んでいないか、説明は足りているか、などそれまで見えていなかったディティールにまで想像が行き渡る感覚を感じてもらえたんじゃないかと思います。
この体験が参加した人にとって能動的に未来を考えるきっかけになってくれたら嬉しいですね。

(写真01)「人工魚肉」のマーク

ネクストサイネージの展示風景

仕組んだのは「偶然の出会い」。仕組んだのは「偶然の出会い」。

河津 :  エンジニアとして開発に力を注いだのがINSPIRATOR(インスピレーター)という作品です。これは皆さんが普段よく使っている検索エンジンのように検索窓にキーワードを入力して使用する「アイデアの発想を手助けするツール」になっています。INSPIRATORが一般的な検索エンジンと違うのは、検索したキーワードに対して、関連度の高いワードを機械学習の仕組みで算出し、パーセンテージの数値とともに表示するところです。今回は過去のアルスエレクトロニカの作品データを事前に学習させておき、ユーザーが入力したワードから普段の思考では結びつかないようなワードを表示し、使う人のインスピレーションを刺激するように設計しました。しかも表示されるワードは一見関係なさそうでも、アルスの文脈のなかでは必ず関連しているワードなので、それらを結びつける作品事例までを表示することで、より深い気づきを与えることができます。

インスピレーターのインターフェース

河津 :  僕たちの検索行動というのは既存の思考の枠組みのなかに収まってしまっているのかもしれない、という仮説のもと自分からは生まれてこない発想と出会うことができるツールを目指しました。

河野 :  今回はアルスの過去作品データを使用しましたが、インストールするデータを変えればいろんな応用が考えられます。例えば女子高生がSNSで発信した情報をインストールすれば、ジェネレーションギャップを超えてアイデアを発見することができるかもしれないですよね。

河津 :  INSPIRATORの活用方法としては様々なシーンに応用することができると考えています。実際にアルス・フェスで体験してくれた人からは「歌の作詞創作に使えそうだ」といった面白い意見も聞くことができましたし、この作品を通じて自分の中にない価値観に気づくことができる体験を広げられれば良いなという思いがあります。

インスピレーターのインターフェース

問いのなかに見つけたもの。問いのなかに見つけたもの。

河津 :  アルス・フェスに向けた制作は普段の仕事とは勝手が違うと感じることが多くありました。なかでも一番大きな違いは創り出す作品を自分たちで決めていくということです。そこには向き合うべき課題やゴールはなく、自分たちはどういう表現をしたいのか、またそこにどんな問いを与えられるのか、自分たちで考え決めなければなりません。メンバー一同、常に自分自身と向き合っているような感覚だったと思います。

河野 :  今回アルス・フェスで作品を発表するという経験を通して、これからの時代のクリエイティブの役割について考えるきっかけになりました。
僕個人としては、クリエイターがもっと自分自身の課題意識を大事にしていかないとイノベーティブなアイデアは生まれないのかな、と思います。普段から世の中に対する疑問を自分のなかに持っておいて、それをクリエイティブに反映していくことが大事なのかなと。当たり障りのないことではなく、ユニークな表現を生むためにはそんなアプローチが必要なんじゃないかと感じました。

河津 :  「ソサエティ」をテーマとするアルス・フェスを触れたことで自分の視野が大きく広がったと感じています。アルス・フェスが投げかける社会への問いは、簡単に解決できるようなものではなく持続的な取り組みを必要とするようなものばかりです。そういった複雑で中長期的なアクションが求められる課題に向き合っていくことこそ、これからの社会で必要とされる存在になるために重要なのかな、と感じました。

河野 :  これまで自分は課題に対して解決方法を考えることが当たり前になっていたけど、これからはそうではなく課題を発見するところから企業と一緒になって取り組んでいくべきなのかもしれないと感じました。デザイン(解決する力)はあるのだから、それとセットにしてクライアントと向き合うことで、大きな成果を出すことができるはずです。