はじめに なぜ表層的な「韓国風」は失敗するのか
はじめまして。デザイナーの朴 夏林(パク・ハリム)です。私は韓国でデザインを学んだ後、日本でUI/UXやサービスデザインを研究し、現在は日本のデザインの現場でWebサイトからアプリ、ARまで幅広く企画・制作を手がけています。

仕事柄、日本のクライアントから「洗練された韓国っぽいデザインにしてほしい」とご依頼いただく機会がよくあります。しかし、単にビビッドな色使いや写真を大きく、といった表層的なスタイルだけを真似しても、ほとんどの場合うまくいきません。
なぜなら、日本と韓国のデザインは、その根底にある「設計思想」がまったく異なるからです。例えば、韓国のデザインで目立つ大胆なビジュアルは、単なるトレンドではありません。それは、どこでもストレスなくスマホが使える高速な通信環境と、記号的でシンプルなハングルという言語特性を前提として、文字で細かく説明するより、ビジュアルで直感的に伝えることが最適解とされた結果なのです。
一見すると単なる好みの違いに見えるこの差には、深い背景があります。韓国で生まれ育ち、日本の現場も知る私の視点から、「なぜ両国のデザインはこれほど違うのか?」という問いを、両国の文化的背景、インフラ、国民性、そして言語構造という根っこから解き明かしていきます。
デザインの前提が違う―パリパリ(早く早く)文化と職人文化
日韓のデザインを隔てる最も根本的な違いは、この20〜30年の歴史的背景と、それによって育まれた国民性にあります。
韓国:ゼロからのスピード重視
韓国は1950年代の戦争で国全体が大きな打撃を受け、そこから復興への強い意志のもと、急激な成長を遂げました。社会全体が目まぐるしく変化する中で、何事も早く早く(パリパリ)と結果を出すスピードが最優先される文化が根付きました。これがデザインにも反映され、韓国のデザインはトレンドの移り変わりが非常に激しく、大胆で流行をいち早く取り入れたものが主流になりました。意思決定が速く、短期間で多様なチャレンジができる瞬発力が強みです。
日本:安定の中のプロセス重視
一方で、日本は長年かけて経済が発展し、社会全体が安定しています。長く続く老舗や職人文化に見られるように、結果だけでなくそこに至るプロセスや細部の品質を非常に大事にしています。そのため、日本のデザインはクラシックでタイムレスな、いわゆるわびさびのような情緒や余白を感じさせるものが今もなお高く評価されています。このこだわりこそが、日本のデザインの揺るぎない強みだと感じています。
体験の中心が違う―韓国はWebサイトよりスマホアプリ
デザインが発信される社会インフラの違いも、UI/UXの設計思想に決定的な影響を与えています。
韓国はWebサイトよりスマホアプリ
私が日本に来て驚いたことのひとつが、通信環境です。韓国はスマホの普及率や通信速度が世界トップクラスで、日本のように地下鉄で電波が途切れることはまずありえません。どこでも快適にスマホが使える環境が、自然とモバイルファーストの土壌を作りました。
さらに、スマホアプリのアカウントひとつで、EC、銀行、タクシーなどあらゆるサービスに簡単にログインできるインフラが整備されています。サービス体験全体がアプリで完結するよう最適化されているため、ユーザーも何かあればまずアプリというのが当たり前なのです。
個人の口コミが企業広告より信頼される
韓国のアプリやWebサイトは、レビューや星評価、口コミのセクションが非常に手厚く(目立つ位置に)扱われています。これは、韓国人が持つ集合感情が関係していると私は考えています。企業からの公式なメッセージよりも、「自分と同じ世代の人がどう思っているか」「友達がこれを使っているか」といった、他者との心理的なつながりや同調を重視し、そこに安心感を覚える傾向が強いのです。
そのため、韓国でUI/UXを設計する際は、いかにしてコミュニティを形成し、口コミを拡散させていくかという視点が非常に重要になります。単にUIのボタン名を翻訳するのではなく、その国の人々が何を信頼し、何を快適と感じるかというUXの前提(=集合感情)に合わせて、体験そのものを最適化することが不可欠なのです。これこそが、私が考える真のローカライズです。
言語の構造が違う―絵になる日本語と記号的なハングル

デザインの見た目に直接影響するのが、言語の特性です。
絵にもなる日本語
漢字は、人や森のように、物や現象の形から派生して作られました。ひらがなやカタカナも組み合わせることで、文字自体が絵のように機能し、意味とビジュアルを同時に伝えることができます。フォントの表情も非常に豊かで、文字だけで世界観を作り上げることが可能です。
記号に近いハングル
一方でハングルは、発音するときの口や舌の形がベースになっており、非常に記号的でシンプルな構造をしています。文字の形とそれが指す意味は直接リンクしません。日本語に比べてフォントのバリエーションで情緒を表現するのには限界があります。では、どうするのか。韓国のデザインでは、文字で多くを語るよりも、まず1枚絵のビジュアルを強く作り込み、そこに情報を乗せる」ことで直感的に理解させるアプローチが主流になりました。韓国デザインで多用される大胆な余白も、単なるスペースではなく、ビジュアルや限られた情報を際立たせるための機能として働いているのです。
実践・日韓ハイブリッド術―違いを武器に変えるプロセス
ここまでお話しした「前提」「インフラ」「言語」の違いを理解せず、表面的なスタイルだけを真似して韓国風デザインを作ろうとすると、必ず失敗します。まさに先ほど述べたように、真のローカライズとは、UIの見た目を翻訳することではなく、その国のユーザーが持つ文化的背景(例えば、韓国なら口コミを重視する体験)に最適化することです。
日本のクライアントに韓国風のデザインを提案する際は、それが単なるトレンドではなく、合理的な「設計思想」であることを言語化してお伝えします。例えば「情報を絞ることでCVRが上がる」といったように、なぜそのUIがビジネスメリットにつながるのか、その理由をしっかりご説明し、納得いただくプロセスを大切にしています。
日韓の現場を知るデザイナーとして、私が日々実践しているハイブリッドな仕事術を少しご紹介します。
1. アイデア出しは韓国式スピード、作り込みは日本式品質
私はもともとせっかちなところがあるのですが(笑)、日本の会社で職人気質とも言えるプロセスやディテールへのこだわりを学びました。今は、両方の良いとこ取りを意識しています。
・アイデア出しフェーズ:
韓国式のスピードを重視し、パリパリとたくさんの案を出します。(アイデア発想・ラフ作成)
・作り込みフェーズ:
日本式の職人気質で、細部まで徹底的に品質にこだわります。(ディテール追及・品質担保)
2. 違和感を客観的な提案に変える
私にとって、日本人が当たり前すぎて見過ごしてしまうこと(例えば、アプリの体験フローなど)が、新鮮な違和感として映ることがあります。韓国のデザインにある効率性や大胆な発想の視点から、「逆に、韓国ではこういった遊び心を取り入れて盛り上げますよ」といった、日本人デザイナーとは異なる客観的な提案ができること。これが、私の最大の強みだと考えています。

おわりに 文化を越えて良いデザインを届けるために
日本と韓国、両国のデザインはどちらが優れているという話ではなく、それぞれの国が持つ環境条件に適応し、最適化を重ねてきた進化の結果と捉えることができます。私は、韓国のデザインが日本から学ぶべき最大の強みは、その品質へのこだわりと職人のような姿勢だと感じています。逆に、日本のデザインが韓国から学べるのは、チャレンジする精神と大胆さではないでしょうか。
国や文化が違っても、良いデザインの根幹は変わりません。私自身、デザイナーとして二つの信念を大切にしています。
1つは、常に新しいことにチャレンジし続けること。
そしてもう1つは、デザインは「使う人のためにある」という、本来あるべき視点を決して忘れないことです。
これからも、両国の文化を背景に持つ自分だからこそできる表現で、使う人に誠実なデザインを届けていきたいと思います。








