なぜ、ツール先行のDXは失敗するのか?機能と体験の決定的な違い
DXプロジェクトの初期段階で、機能比較表を作り、ベンダー選定に多くの時間を費やすケースは少なくありません。しかし、どれほど高機能なツールを選んだとしても、それを使う目的がズレていれば、成果は遠のくばかりです。
ここでは、陥りがちな失敗パターンとして、機能(ツール)と体験(UX)の視点の違いを整理します。
効率化(社内都合)をゴールにすると、顧客が離れていく
ツール導入の目的として、業務効率化や自動化が挙げられることがあります。もちろん、工数削減は重要な経営課題です。しかし、マーケティングにおいて企業側の効率化をそのまま顧客に向けてしまうと、大きな摩擦を生むことになります。
例えば、MAツールを使ってメール配信を自動化したいと考えたとします。
企業側の論理だけでシナリオを組むと、Webサイトに来訪した翌日には、一律で製品紹介のメールを送る」「反応がない顧客には、3日後に自動で再送するといった、機械的なアプローチになりがちです。
受け取る顧客の立場になってみればどうでしょうか。まだ情報収集を始めたばかりなのに、売り込みのメールばかり届く、知りたいのは機能ではなく事例なのに、カタログが送られてくる」これでは、デジタル技術を使って不快な体験を効率的に量産しているに過ぎません。
ツールが提供するのはあくまで機能であり、それを使ってどのようなコミュニケーションを行うかは、設計者の「意思」に委ねられています。社内都合の効率化を優先した瞬間に、顧客の心は離れていきます。
DXの本質はデジタル化ではなく、顧客との関係性の変革にある
DX(デジタルトランスフォーメーション)は、単にアナログな作業をデータ化するデジタイゼーションや、個別の業務プロセスをデジタル化して効率化するデジタライゼーションだけでは、DXとは言えません。
これらはあくまで社内の変化であり、デジタル技術を活用してビジネスモデルや顧客との関係性を根底から変えることこそが、本来のDXの意味です。
BtoBマーケティングにおけるDXのゴールは、ツールの導入完了や業務の自動化ではありません。 顧客が抱える課題に対し、デジタル接点を通じて適切なタイミングで適切な情報を届け、信頼関係を築き、結果として商談や受注につなげること。つまり、顧客体験(UX)の変革こそがDXの本質です。
ツール先行(失敗例): MA/SFAツールを入れたので、データを入力してください
UX起点(成功例): 顧客に最適な提案をするために、このデータが必要です。そのためにツールを使います
この主従関係を正しくセットできるかどうかが、プロジェクトの成否を分けます。次章からは、具体的にどのようにUX起点でDXを設計していくのか、そのプロセスを解説します。
UX(顧客体験)から逆算するDX設計の3ステップ
では、具体的にどのようにDXプロジェクトを進めればよいのでしょうか。成功している企業の多くは、ツール選定の前に以下の3つのステップを踏んでいます。

Step1【構想】:ツールありきではなく、あるべき顧客体験を描く
最初のステップは、テクノロジーの話を一旦脇に置き、顧客にどのような体験を提供したいかというゴールを定義することです。
WebサイトのPVを増やしたい、リード獲得数を倍にしたい、といった数値目標は、あくまで企業側のKGI/KPIです。UXのゴールとは、その数値を達成するために顧客の状態がどう変化すればよいかを言語化することです。
例えば、博報堂アイ・スタジオが支援した渋谷区の行政サービスDXでは「来庁不要」という明確なコンセプトを掲げました。手続きをデジタル化すること自体を目的にするのではなく、区民がわざわざ役所に来なくて済む体験を作ることをゴールに据えたのです。
BtoBマーケティングにおいても同様です。製品を売り込むのではなく、顧客が自社の課題に気づき、解決策として当社の商品を第一想起してくれる状態を作るといった、顧客主語のゴールを描くことからすべてが始まります。
Step2【設計】:体験を実現するために必要データと接点を定義する
ゴールが決まったら、それを実現するためのシナリオを描きます。ここで有効なのがカスタマージャーニーマップです。
顧客が課題を認識し、情報収集を行い、比較検討を経て購入に至るまでのプロセスを可視化します。そして、各フェーズで顧客がどのような情報を求めているか(インサイト)を掘り下げます。
参考:BtoBにおけるカスタマージャーニーマップの作り方と活用法
認知段階: まだ課題が曖昧な顧客には、業界トレンドや基礎知識などの「お役立ち情報」が必要。
比較段階: 具体的な検討に入った顧客には、導入事例や料金シミュレーションが必要。
このように体験を設計すると、誰に、いつ、何を届けるべきかが見えてきます。これが決まって初めて、そのために取得すべきデータ(属性、閲覧履歴など)と必要な接点(Webコンテンツ、メール、セミナーなど)が定義されます。
Step3【実装】:要件を満たすツーと運用体制を構築する
ここでようやく、ツールの出番です。Step2で定義した必要なデータと接点を管理・実行できる機能を持ったツールを選定します。
複雑なシナリオ分岐が必要なのか、シンプルな一斉配信で十分なのか、SFA(営業支援システム)とリアルタイムで連携する必要があるのか。実現したい体験(UX)が明確であれば、ツールの要件も自然と決まり、オーバースペックな高額ツールを導入して失敗するリスクも回避できます。
また、実装には運用体制の構築も含まれます。ツールを動かすのは人です。マーケティング部門と営業部門が同じ顧客データを参照し、連携して動けるルール(SLA:Service Level Agreement)を整えることも、重要な実装の一部です。
【事例】UX視点でDXを推進し、成果を変えた実例
博報堂アイ・スタジオが支援させていただいたプロジェクトの中から、UX(顧客体験)を起点に成果を上げた2つの事例をご紹介します。
【長瀬産業】Webサイトリニューアルから営業連携まで。点ではなく線で繋ぐDX
化学系専門商社の長瀬産業様では、Webサイトリニューアルをきっかけに、デジタルマーケティングの基盤構築に着手されました。
プロジェクトの特徴は、単にWebサイト(CMS)を新しくしただけではない点です。 顧客が必要とする情報をタイムリーに届け、営業活動に貢献するというゴールに向け、Webサイトで取得した顧客行動データを蓄積するMAツール(Account Engagement)を導入。さらに、そのデータを活用してアプローチを行うインサイドセールス(IS)組織の立ち上げまで、一気通貫で設計されました。
Webという点の改善に留まらず、その後の商談創出に至るまでのプロセスを線で繋ぎ、顧客にとっても営業担当者にとってもスムーズな体験・連携を実現した好例です。
【渋谷区】ユーザーを迷わせない徹底した検索中心UIへの転換
先ほど触れた渋谷区の事例です。従来の行政サイトは部署ごとの縦割り構造で作られていることが多く、利用者はどの課のページを見ればよいか分からないという迷い(悪いUX)を抱えていました。
そこでリニューアルに際し、トップページから部署ごとのメニューを撤廃。代わりにGoogleのような大きな検索窓を中心としたUIに刷新しました。利用者の知りたいことからダイレクトに情報へアクセスできる設計です。
BtoB企業のサイトでも、製品カテゴリや事業部といった売り手側の論理で情報を分類しがちです。しかし、渋谷区の事例が示す通り、徹底してユーザーの検索意図(=解決したい課題)に寄り添ったUIこそが、結果として最短で目的の情報へ導き、信頼獲得に繋がります。
自社のDXをUX起点で再設計するために
ツールは導入済みだが、成果が出ていないという場合でも、遅すぎることはありません。まずは一度立ち止まり、現状のプロセスの棚卸しをすることをお勧めします。
そのメール配信は、顧客にとって欲しい情報か?
Webサイトの入力フォームは、顧客の心理的ハードルを考慮しているか?
蓄積したデータは、営業担当者の武器になっているか?
これらを一つひとつ点検していく作業こそが、UX起点の再設計への第一歩です。
あわせて読みたい:UX×データ分析アプローチ!DXのサービス設計プロセスとは?
DXとは、一度ツールを入れて完結するものではありません。顧客の変化に合わせて体験を磨き、ビジネスを継続的に成長させていく取り組みです。だからこそ、一時的な効率化にとどまらず、本質的な顧客体験(UX)の視点がの視点が必要なのです。







