マーケティングDXとは
マーケティングDXとは、データとデジタル技術を活用してマーケティング活動において業務変革をおこない機敏性や競争優位性の確保をめざすことです。近年、米中のデジタル・ディスラプターによる市場破壊や、緊急事態宣言などの要因で顧客行動が急激に変化する中、多くの企業でマーケティングの競争優位性や機敏性が求められています。
DXは以下のように定義されています。端的に言うと、DXとはデータとデジタル技術を活用しさまざまな外部環境の変化に合わせ企業変革をおこない競争優位性を確立することです。
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
引用元:DX戦略の策定と推進
企業変革とは、ビジネスモデルや組織、企業文化も変革するため、実質別の会社に生まれ変わるような変化を指します。DXのトランスフォーメーションとは幼虫が成虫に変わるほどの大きな変化を意味します。
マーケティングDXは、変化の激しい顧客行動と密接にかかわるマーケティング領域業務を切り取ってスピーディーに業務変革を実施することです。もしくは、企業変革を伴うDXのプロセスの一環として、マーケティングの業務変革を実施することです。その結果、計画的にDXを推進できます。
デジタルマーケティングとの違い
「マーケティングDX」と「デジタルマーケティング」、両者は混同されがちですが、その目的とスコープに決定的な違いがあります。
一言で言えば、デジタルマーケティングが「デジタル技術を使った“戦術”」であるのに対し、マーケティングDXは「デジタルを起点とした“ビジネス全体の変革戦略”」です
デジタルマーケティング | マーケティングDX | |
---|---|---|
目的 | Web広告やSNS運用など、個別の施策による販売促進や認知度向上 | ビジネスモデルや組織そのものを変革し、新たな顧客体験価値を創造する |
範囲 | マーケティング部門が中心となる個別のチャネル活動 | 経営層を巻き込み、部門を横断する全社的な取り組み |
位置づけ | 戦術・施策 | 戦略・変革 |
例えば、これまで店舗型ビジネスをやっていて、そこにECサイトを加えると、顧客は商圏の制限と営業時間の制約もなくなり自由に注文できるようになります。

ここに更にECサイトでのご注文の品を店舗で送料無料でお渡しを可能にしたり、店舗に在庫がない場合にはECでの購入をお勧めしたり、オンラインとオフラインをマージするOMOを採用し始めると、デジタルを活用したマーケティング業務変革への取り組み、つまりマーケティングDXとなります。
マーケティングDXが求められる背景
なぜ今、多くの企業にとってマーケティングDXが重要な経営課題となっているのでしょうか。その背景には、無視できない2つの大きな環境変化があります。
消費者行動の多様化
スマートフォンとインターネットの普及により、消費者が情報を収集し、商品を比較検討し、購入に至るまでのプロセスは根本的に変わりました。顧客の行動は、かつてのような単純な一本道ではなく、Webサイト、SNS、実店舗、アプリなど、無数の接点を自由に行き来する複雑なものになっています。
こうした状況で、すべての顧客に同じ画一的なメッセージを送る従来型のマスマーケティングは効果を失いつつあります。顧客一人ひとりの異なる興味や状況を的確に捉え、それぞれの接点で最適なコミュニケーションを実現するためには、データに基づき顧客を深く理解するDXのアプローチが不可欠です。
テクノロジーの進化
消費者行動の変化と同時に、企業が利用できるテクノロジーも飛躍的に進化しました。AIによる高度なデータ分析、あらゆるモノがインターネットにつながるIoT、そして膨大なデータを柔軟に処理するクラウド技術などは、もはや特別なものではありません。
これらの技術革新により、これまで取得・活用が難しかった顧客の行動データをリアルタイムで収集し、深く分析することが可能になりました。テクノロジーは、顧客一人ひとりを解像度高く理解するための強力な武器となります。しかし、これらの技術をただ導入するだけでは、新たな問題を引き起こすことにもなります。
マーケティングDXのメリット
多くの企業がマーケティングDXに取り組む理由はなんでしょうか。ツールの導入だけでなく変革をともなうことによりどのようなメリットがあるのか整理します。
データに基づいた迅速な意思決定
全社的な企業変革であるDX(デジタルトランスフォーメーション)に比べ、マーケティングDXはマーケティング領域に特化した業務変革であるため、マーケティング部門が中心となり比較的クイックに実行しやすいメリットがあります。
優れた顧客体験(CX)の提供
マーケティングDXによって、これまでマーケティングでは困難だった、顧客一人ひとりの個別対応をおこなえるようになり、顧客体験を向上させることができます。たとえば、顧客が閲覧したWebページ、来店頻度、営業との会話やメールのやり取り、購入履歴などのデータを統合して管理することで、最適な接客や提案をおこなうことができます。
参考記事:やらないと損する!デジタルマーケティング×顧客理解
新たなビジネスモデルの創出
マーケティングDXによって、非常に多くのデータを取得することができ、メンバー全体が定量的なデータに基づいた判断を行うことができ、実施した施策に対して定量的に評価することができます。
業務効率化と生産性向上
マーケティングDXによって、合理化がはかられ、単純作業などの自動化を進めることができます。メンバーはより生産性の高い戦略に専念することができます。
マーケティングDXの進め方
マーケティングDXは、思いつきでツールを導入するだけでは成功しません。「何を目指すのか」という目的から逆算し、計画的にステップを踏んでいくことが不可欠です。ここでは、DXを成功に導くための代表的な3つのステップを解説します。
参考記事:「顧客体験発想」で考える、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進アプローチ
Step1:目的の明確化とビジョンの共有
最初のステップは、マーケティングDXによって「どのような経営課題を解決したいのか」「顧客にどのような価値を提供したいのか」という目的を明確にすることです。例えば、「LTV(顧客生涯価値)を20%向上させる」「解約率を5%改善する」といった、具体的で測定可能な目標を設定します。
重要なのは、この目的とビジョンをマーケティング部門だけでなく、営業、IT、経営層など、関連する全部門で共有することです。DXは組織横断の取り組みであるため、初期段階で関係者の目線を合わせておくことが、後の部門間の対立や協力体制の欠如といった失敗を防ぐ鍵となります。
Step2:データ基盤の構築
目的が定まったら、次はその目的達成の根拠となるデータを集め、活用するための「データ基盤」を構築します。多くの企業では、顧客データが各部門のシステムに点在する「データのサイロ化」が起きており、これがDXの大きな障壁となります。

データ基盤は、これらのサイロを解体し、顧客を多角的に理解するための土台です。

データ基盤の構築は、主に以下の流れで進めます。
データの収集と整理 社内に散らばるオンライン・オフラインのデータを一元管理できるようにします。
店舗のPOSデータ:会員アプリやポイントカードと連携させ、「誰が」「何を」買ったか分かるようにする。
営業担当者の顧客情報:個人のPCやExcelではなく、SFAやCRMといった共通のシステムに入力し、資産として標準化する。
広告の成果データ:従来データ化が難しかったテレビCMなども、効果測定ツールを用いて可能な限りデータ化する。
データの蓄積と統合 収集した様々な形式のデータを、目的別に処理しやすい形で蓄積・統合します。
専門的にはデータレイク(生データのまま保管)、データウェアハウス(整理して保管)、データマート(目的に応じて抽出)といった段階を踏みますが、要点は「全社のデータを一か所に集め、いつでも使える状態に整理しておく」ことです。これにより、部門を横断したデータ分析が可能になります。

Step3:施策の実行と効果検証
データ基盤という土台が整ったら、いよいよ具体的なマーケティング施策を実行に移します。MA(マーケティングオートメーション)やBIツールなどをデータ基盤に接続し、分析結果に基づいたアプローチを行います。
例えば、以下のような施策が考えられます。
購買データから顧客をセグメント分けし、パーソナライズされたメールを配信する。
Webサイトの行動履歴から関心事を予測し、最適なタイミングで次のアクションを促す。
優良顧客の行動パターンを分析し、解約しそうな顧客へのフォローアップを自動化する。
施策を実行したら、必ずその結果をデータに基づいて検証します。そして、その検証結果から得られた学びを次の施策に活かすというPDCAサイクルを回し続けることが、マーケティングDXの成果を最大化させる上で最も重要です。
参考記事:顧客データを活用した「データマーケティング」の推進
マーケティングDX推進における課題
マーケティングDXを進めると多くの課題に直面するでしょう。業務改善であれば日々の業務の課題を解決しPDCAを繰り返しグロースさせるため発生しにくかった問題が、業務変革を伴うマーケティングDXでは業務を刷新することを指すためさまざまな課題に遭遇します。
DX人材の不足
DX人材不足も深刻な課題です。デジタル技術とマーケティングの両方のスキルを備えたDX人材はますます需要が高まり、採用が難しくなります。そのため、採用の強化だけでなくDX人材育成のためのOJTやリスキリングも並行して推進することも大切です。
組織・部門間の連携
マーケティングDXでは全社的な情報資産をフル活用します。そのためには統括するマーケティング組織に戦略投資予算が必要であり、全社的な戦略を司る組織体である必要があります。
こうした連携を阻む要因のひとつに、システムのブラックボックス化や属人化があります。
詳しくは、DX推進の足かせとなるシステムのブラックボックス化・属人化を回避するにはをあわせてご覧ください。
マーケティングDXを成功させるポイント
マーケティングDXは、その道のりに多くの課題が伴う変革です。ここでは、DXプロジェクトを成功に導き、着実に成果を上げるために特に重要となる3つのポイントを解説します。
経営層を巻き込んだ全社的な推進体制
マーケティングDXは、単なるマーケティング部門の改善活動ではなく、企業全体のビジネスモデルや組織のあり方に影響を及ぼす経営戦略そのものです。そのため、経営層の強いコミットメントが成功の絶対条件となります。
部門間の利害調整や、ECと実店舗の評価基準の見直し、そして新たなスキル習得への投資など、DXの推進には部門単独では解決できない課題が必ず発生します。経営層がDXの旗振り役となり、変革の目的とビジョンを全社に繰り返し発信することで、組織の一体感を醸成し、変革への抵抗を乗り越えることができます。
顧客視点での体験価値の設計
マーケティングDXの目的は、ツールの導入やデータの整備自体ではありません。その先にある「顧客体験価値(CX)の向上」こそが最終的なゴールです。この視点がぶれると、高価なシステムを導入したものの、成果に結びつかないという失敗に陥りがちです。
まずはカスタマージャーニーマップなどを用いて顧客の行動や感情を可視化し、オンライン・オフライン全ての接点における課題やニーズを洗い出します。「顧客にとっての理想の体験は何か」を起点に考え、その理想を実現するために、どのようなデータや技術が必要かを逆算して設計していくことが成功への近道です。
外部パートナーとの連携
DX推進には、データサイエンスやシステム構築、組織変革など、多岐にわたる高度な専門知識が求められます。これらの知見やスキルを全て自社だけでまかなうのは、時間的にもコスト的にも現実的ではありません。
不足している専門領域については、積極的に外部の専門家やパートナー企業の知見を活用することを推奨します。実績豊富なパートナーは、最新の技術動向や他社事例にもとづく客観的な視点を提供してくれます。自社の強みである事業や顧客への深い理解と、パートナーの専門性を掛け合わせることで、DXの推進スピードと成功確率は飛躍的に高まります。
マーケティングDXまとめ
DXが企業変革であることに対し、マーケティングDXは業務に部分最適した業務変革です。そのためスピーディーに部門単位で実施できます。 一方で、全社的にDX推進を進行している場合は、DX推進タスクフォースが描くビジョンやロードマップとの整合性をとる必要性を述べました。DXは企業変革であるのに対し、マーケティングDXは業務変革です。そのため、企業変革の結果ビジネスモデルが大きく変わってしまうことがあります。そうなるとマーケティングの戦略も大幅に変わるために、部分最適によりすぎるあまり、全体との整合性を失わないように気を付けましょう。