DXの成否を分ける戦略と実行の間に潜むギャップ
企業がDXを推進する最終目的は、売上や利益に貢献するビジネス成果の獲得です。BtoB領域においては、特にWEBサイト経由での質の高い商談アポイントメント獲得が、マーケティング部門に求められる重要なKPIとなります。
多くの企業で、カスタマージャーニーマップなどの手法を用いて理想的な顧客体験(CX)に基づいた施策の戦略は描けています。しかし、いざその戦略を実行に移し、WebサイトやMA(マーケティングオートメーション)ツールなどのデジタル接点を改修しようとすると、その基盤となる既存システムがボトルネックとなり、施策の実行スピードを著しく鈍化させてしまいます。この描かれた戦略「実行上の現実との間に生じるギャップこそが、DXが計画倒れに終わり、目指すべき成果、特にリードやアポイントの質の向上を阻む根本的な原因となっているのです。
参考記事:DX(デジタルトランスフォーメーション)の定義と進め方
既存システムのドキュメント不足が引き起こす課題
既存顧客を調査、分析することで導き出される最適な顧客体験。この最適な顧客体験をエンドユーザーに提供するためのさまざまなWebサイトやアプリなどのインターフェースの改修、店頭オペレーションの変更、システムの改修などを計画するときに必ず課題に上がるのが、既存開発リソースの課題です。
この開発リソースの枯渇に対する対策としては通常4つの方法が考えられます。
既存の保守運用業務のアウトソース化
新規構築業務のアウトソース化
自社エンジニアのリソース強化
可用性のあるシステムの刷新
しかしながらこれらは既存システムの仕様が可視化された状態に限った対策です。現在、多くの企業では既存システムのドキュメンテーションを正しく行ってこなかったことによるシステムのブラックボックス化、現場のエンジニアの頭の中でしか仕様が管理されていない属人化という大きな問題を抱えております。これらの問題が原因でこういった対策が打てない状況があります。では、なぜシステムのブラックボックス化や属人化が原因となっているのでしょうか。ひとつずつ解説していきます。

既存の保守運用業務のアウトソース化 既存の機能やその仕様が不明確なので、現行システムの改修や保守業務を引き継げない。
新規構築業務のアウトソース化 既存システムとの連携が必要な場合に、インターフェースの機能やその仕様が不明確なので、既存システムと連携機能の実装ができない。
自社エンジニアのリソース強化 新規リソースの調達をした場合、仕様理解に時間を要するためリソース投下の効果を最大化できない。
可用性のあるシステムの刷新 時間・コストが必要であるとともに、既存の仕様がわからないので正しくシステムを復元できない。
上記のように、既存のシステムの仕様が可視化されていないことで、アウトソース化が難しかったり、対策の効果が最大化できないでしょう。
ブラックボックス化と属人化が引き起こすマイナスの経営インパクト
ブラックボックス化と属人化が引き起こすマイナスの経営インパクトについても解説します。
まずはブラックボックス化の大きな要因となるのは、「システムの複雑化」と「設計書の不足」です。
多くの企業では、既に複雑なシステム構成になっていることに加え、今後のDX推進でさらなる機能改修、機能追加が予想され、さらなる複雑なシステム構成になると考えられます。また、仕様把握に必要なドキュメントが不足していることから、機能改修、機能追加をする際の影響調査などが困難になるでしょう。これらが要因となりシステムのブラックボックス化を引き起こします。
一方で属人化の大きな要因となるのは、「ドキュメント管理体制の不在」と「IT人材不足」です。
機能改修、機能追加時のドキュメント更新ルールや推進する体制がない場合、既存のエンジニアに依存した体制になっていきます。また、経済産業省のDXレポートでも言及されているIT人材不足と保守運用すべきシステムが増えることで、自社リソースが不足し品質維持が難しくなるでしょう。これらが要因となりシステムの属人化を引き起こします。
このシステムのブラックボックス化と属人化が、システムの品質低下や保守コストの増大化、開発スピードの低下を招き、DX推進の大きな足かせとなり、結果マイナスの経営インパクトを与えることは確実と言えます。
「リバースエンジニアリング」と「プロジェクトマネジメントルールの策定」で打破しよう

システムのブラックボックス化の課題に対してはリバースエンジニアリングによるドキュメント整備が有効です。リバースエンジニアリングとは開発されたシステムをプログラムレベルで分解し分析することで、正しい動作や開発方法、設計プログラム構造、エラーハンドリングなどの仕様詳細を明らかにすることです。明らかになった仕様は以下のようなドキュメントにしていくことでシステムのブラックボックス化を回避します。
外部設計書
内部設計書
運用保守定義書
非機能要求仕様書
など
一方で、システムの属人化の課題に対してはプロジェクトマネジメントルールの策定を通して回避しましょう。
コンフィギュレーション・マネジメント
設計書などシステムに関わるさまざまな資源に対して最新の状態を維持するためのコンフィギュレーション・マネジメント(構成管理)を行います。ドキュメントの変更の手順、変更追跡の仕組みや、レビューの方法などを明確にして作成したドキュメントが形骸化することを防止します。コミュニケーション・マネジメント と チーム・マネジメント
プロジェクトに関わるメンバーが多数になると、コミュニケーションのルールやチーム育成が欠かせません。チームが成熟することでさまざまな作業の精度が向上し、品質やコストなどの課題解決につながります。コミュニケーション・マネジメントとチームマネジメントでは下記のようなルールを定義します。
- 進捗報告の書式や方法、会議体の定義
- チーム憲章(行動指針、意思決定、コンフリクトの解消方法)
- RAM(責任分担表)品質マネジメント
現状、起こっている品質コスト増大の課題は、品質マネジメントの向上により軽減できる可能性も考えられます。
例えばWebサイト開発において上流フェーズからテスト計画などの予防安全措置を実行することで、下流で発生する不具合を軽減することが可能です。品質マネジメントのセオリーでは「検査よりも予防」を重視します。一般的に不具合を予防するためのコストは、検査により発見された不具合を是正するコストに比べてはるかに少ないためです。
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顧客体験発想に基づくDXの実現へ
本記事では、既存システムのブラックボックス化や属人化という、DX推進の足かせとなる根深い課題とその回避策について解説しました。これらの課題は、単にシステムの都合で終わるものではなく、最終的に「再現性の低い施策しか打てない」「ビジネス上の機会を損失する」という形で、企業全体の競争力に影響を及ぼします。
システムの構造を透明化し、プロジェクトのルールを整備することで、DXは初めて持続的かつ再現性の高い活動へと変わります。特に、デジタル領域においては、この土台の上に顧客体験(CX)を設計し、戦略を実行し続けることが不可欠です。
参考記事:DX(デジタルトランスフォーメーション)とIT活用の違いとは
「どこから手を付けるべきか」「どのような型で進めるべきか」といった指針が明確でない場合、まずは組織の壁を越えて、DX推進における「戦略」「ツール」「体制」という三つの要素が現状でどのような課題を抱えているのかを客観的に整理することから始めることをお勧めします。この客観的な整理こそが、次の一歩を踏み出し、DXを成功へと導くための最も現実的で確かな方法です。
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