アートディレクターが直面した社内課題
なぜそもそもこのような画質劣化現象が起こるのか?
この画質劣化現象は、プレゼンテーションソフトなどのアプリケーションが持つ一定以上のサイズ(特に縦長)の画像に対し、自動的に圧縮をかけてしまう機能により起きてしまいます。一度圧縮がかかった画像をトリミングし拡大すると、画像が粗くなり、文字が読めなくなってせっかくの提案資料が台無しになってしまいます。
博報堂アイ・スタジオではWebデザインなど縦に長い制作物を提案する機会が多く、こういった画質劣化現象に悩まされることになります。普通に考えるとツールの仕様の問題ですので、やむを得ないと捉える方も多いと思いますが、私はこの社内課題の根底に2つ問題が潜んでいると感じました。
1つ目は、「知見の差」です。
先述した画質劣化問題は、解決方法を知らない人はもちろん、明確にマニュアル化されていないため、そもそも問題意識がない人も存在します。新卒や中途で入社したばかりの社員の中には、このような現象が起こっているということに気づいていない人もいらっしゃいます。そのため、特に意識せず、縦長のキャプチャをそのままスライドに貼り付け、画質が劣化したとは気づかずに資料を完成させてしまいます。
「知っている人」と「知らない人」の間で、成果物のクオリティーに明確な差が生まれてしまう 。これは、組織として非常に大きな問題です。
2つ目は、「作業の非効率化」です。
この画質劣化問題を何度も経験してきた社員は対策方法を知っています。デザイン作成編集ソフトで、縦長の画像をあらかじめ複数のパーツに分割し、それぞれを画像として書き出し、スライドに貼り付ける。この方法だと画像を貼り付けてから極端な拡大を行わずに済むので、画像の劣化は起こりにくいです。ただ、提案資料を作るたびに「書き出して、ペタペタする作業」を行うのは、
「正直めんどくさい」
私もデザインを凝るよりも作業に時間を取られることに、常々ストレスを感じていました。
・「知っている人」と「知らない人」の知見の差を埋める
・「めんどくさい」作業をなくす
この2つの問題を同時に解決するために、私はまず、「ノウハウの標準化」を行うことにしました。
解決策は「デザイン視点」でのツール化
誰かの知見に頼るのではなく、
誰でも・簡単に・高精度なアウトプットを出せるようにする
これこそが「ノウハウの標準化」です。
私は、この「ノウハウの標準化」を実現するために独自のツールを開発しました。
それが、画像を分割するツール「SAIDAN」です。
このツールを使うことによって新入社員でも、デザインツールを使ったことがない職種の社員でも、「効率化」を図れます。
具体的には、Webサイトのデザインや縦長の画像をドラッグ&ドロップし、分割数を指定することで、画像の解像度が落ちないまま、自動分割してくれるお助けツールです。
ちなみに、「SAIDAN」という名前ですが、元々「分割」というそのままの機能名を付けていました。ですが、後に社内でこのツールについて発表するタイミングをきっかけに、みんなに公表するならキャッチーな名前にしようと思い、更にはロゴにしやすというデザイン的な観点からローマ字の「SAIDAN」と名付けました。
最初の「体験者」は自分自身
このツールの開発は、実は社内リリースの1年前から始まっていました。というのも、そもそもこのツールを開発しようと思ったきっかけはあくまで「自分自身の作業効率化」なので、自分の実務で密かに活用していました。
一人で開発を進めていると、「体験者」の視点に立つことが難しく、客観的な視点を失いがちです。そこで、私は自分自身の実務の中で活用し、「体験者」側の視点に立つことを意識しました。「この手順を踏んだときに、今、自分は何を思ったか」「次に何をしたいか」「どのような機能があったら快適か」など使っている中で自分が感じたこと、思ったことを徹底的に書き出しました。
つまり、「開発者」でありつつも、このツールの「体験者」としての視点を大事にしながら開発を進めていきました。
アートディレクターとしてのこだわり
私は、普段の業務でWebサイトなどのデザイン制作のUI/UX設計に携わっています。その中の業務で得た視点を、このツールにも注ぎ込みました。

具体的には、
<従来の画像をツールに読み込ませる方法>①ボタンをクリック→②ローカルフォルダからファイルを探す→③選択して開く
というフローに対して、私はローカルフォルダからファイルを探す作業が「めんどくさい」と感じ、「ファイルをそのままブラウザーにドラッグ&ドロップする」機能を追加しました。
このように、
常に「体験者がスムーズに作業できるほう」を選択する
これが、私のUI/UX設計における絶対的なルールです。
機能においては、「シンプル」にすることにもこだわりました。
先述したように「誰でも・簡単に」ツールを利用できることが「ノウハウの標準化」です。
ツールに機能を追加しすぎると、それだけ「学習項目」が増えてしまいます。
これでは便利だと思って開発したツールが、かえって複雑化し、目的が達成できなくなってしまいます。
「SAIDAN」は「画像をドラッグ&ドロップし、分割し、コピーする」という体験を、いかに迷わずスムーズに体験者に実行させるか、テキストやUIで明確に可視化することで、次の手順がすぐに頭に入ってくるように設計しました。
ツールが「ナレッジ」に育った瞬間
1年間自分が「体験者」として開発を進めてきた「SAIDAN」を、やっと社内にリリースしました。率直なフィードバックが欲しかったので、あえて「自分が作成者だ」とは伝えず、同じプロジェクトの若手社員に「こんなツールあるんだけど、使ってみない?」と紹介しました。
結果、「使いやすい」というようなポジティブな声が多く集まりました。
そこで手ごたえを感じた私は、社内リリースをしてから1年後、 さらなる改善点の洗い出しを目的に、全社へ向けて宣伝とフィードバック収集を行いました。
印象的だったフィードバック
1つ目は、
分割した画像を「まとめて」コピーする機能が欲しい
という声でした。
私は、分割した画像を「コピーする」というステップにめんどくささを感じなかったのですが、確かに、10分割した画像を10回クリックするのは手間がかかります。
このフィードバックを受けて初めて「SAIDAN」に「一括コピー」の需要があるということに気づきました。
2つ目は、
「ファビコン」を設置してほしい
という声でした。
ファビコンとは、ブラウザーのタブに表示される小さなアイコンのことです。
私はこのツールにアクセスするとき、いつも検索欄から「SAIDAN」と打ち込んで遷移するので、このフィードバックによって、ブックマークから遷移する人もいることに気づきました。
この瞬間、自分の「めんどくさい」という感情から始まった個人的なツールが、初めて「組織のナレッジ」として認知されたのだと実感しました。
よりナレッジとしてこの「SAIDAN」が使われるようにこれらのフィードバックはAIとのやり取りを経て、すぐに改善・実装しました。
「SAIDAN」は自分一人のためのものではなく、さまざまな人からのフィードバックによって育てられるツールへと進化したのです。
新入社員の「知らなかった」を防ぐ
現在、「SAIDAN」は当初目的としていたとおり、提案資料を作成する場面で多く活用されています。
そして、新卒や中途入社社員、クリエイティブ職やアカウント職、垣根を越えていろいろな人が「SAIDAN」を使っている場面に遭遇したとき、目標として掲げていた「ノウハウの標準化」を達成することができたなと実感します。
先日、若手社員がインターン生にも便利で効率化を図れるツールとして紹介していたという話を聞きました。
このように、このツールが「組織のナレッジ」として今後も広まっていければなと思います。
もう一つのデザイン視点
アートディレクターとして「社内課題をデザイン視点で解決する」というアプローチは、実は「SAIDAN」だけではありません。
もう一つ、「サイトマップ可視化くん」というツールも開発しました。

これは、Webサイト内の樹状構造を可視化するツールです。
「物事を俯瞰して見てから作業に取り掛かりたい」「競合提案のときにより深く分析したい」
この2つの思いから開発した「サイトマップ可視化くん」はWebサイト構造と親和性が高く、「d3.js」というライブラリを使って開発しました。
正直なところ、このツールはまだ「SAIDAN」ほど積極的に押し出しておらず、実装経験が浅いため、これから改善点を洗い出す段階です…
もしかしたら「そもそもWebサイト構造の可視化は本当に必要か?どうやって活用していくか」という根本的な問いに立ち返る必要があるかもしれません。
まとめ
「SAIDAN」と「サイトマップ可視化くん」
この2つのツールに共通しているのは、どちらも「作業の効率化」を目的として設計し、徹底的にUI/UXを意識した「シンプルな機能」を持つツールとして開発したということです。
機能が増えれば増えるほど、使う側の「学習項目」も増えて、結果的には使いづらくなってしまう。アートディレクターとして、普段からUI/UXを意識しているからこそ、このような問題を起こさないように、「シンプルさ」にこだわりました。
元々は「めんどくさい」という個人的な感情から始まった開発でした。
が、
組織の中での知見の差、作業の非効率化、さまざまな社内課題を、分厚いマニュアルやルールで解決するのではなく、誰もが直感的に使えるデザイン視点に基づいたツールで解決する。
これこそが、アートディレクターの立場として、私が導き出した「ナレッジ・ノウハウへの昇華」方法でした。
皆さんの組織には、一部の人が知っている「知見」や、多くの人が感じている「めんどくさい」という感情が眠っていませんか?
その内部課題を、直感的なデザイン視点で見つめなおす。
それこそが、強力な「組織のナレッジ」を生み出す大きな一歩になるかもしれません。







